「しんどい」と感じるときに

あの時、もっと何かできたんじゃないか、と考えてしまうあなたへ

「しんどい」と感じるときに

あなたは、過去の出来事について

「あの時、もっと何かできたんじゃないか」

と、繰り返し考えてしまうことはありませんか。

自分の失敗や、人の不幸に対して
後悔や罪悪感を抱え、
何度も思い返してしまう。

この記事では、
そんな「ぐるぐる」から少し距離をとるための視点をお伝えします。

それは「しなかった後悔」かもしれません

「あの時、声をかければよかった」
「違和感に気づいていたのに、動かなかった」

そうした思いは、
「しなかった後悔」と呼ばれるものに近いかもしれません。

後から振り返ると、
「できたかもしれない可能性」がたくさん見えてきます。

けれどそれは、
あくまで“後から見た景色”です。

本当に大切なのは「事実」です

「あの時、あれ以上できなかった」

残念かもしれませんが、
それが事実です。

私たちは、その瞬間の自分が
持っている情報・余力・勇気の中で
選んでいます。

後からなら、
いくらでも「できたはず」は言えます。

でも、その時の自分は
その時の自分なりに精一杯だった。

その視点を、忘れないでいてほしいのです。

自分の結果に対してぐるぐるするとき

試験、試合、プレゼン、仕事。

うまくいかなかったとき、
「もっと準備できた」と思うこともあります。

その反省が、
次への具体的な行動につながるなら、
それは前向きな力になります。

でも、
過去の自分を責め続けることと、
学ぶことは違います。

責めることは、
未来をよくする力にはなりにくいのです。

他人の結果に対してぐるぐるするとき

誰かの不幸に対して、

「自分が何かできたんじゃないか」

と思う気持ちは、
思いやりのあらわれでもあります。

けれど、それが
「自分のせいだ」という結論になるとき、

そこには少しだけ
結果論が混ざっているかもしれません。

その人の人生には、
あなた以外の要素がたくさんあります。

検証できない「もしも」を
何度も繰り返すことは、
心をすり減らします。

これからその人に何ができるか。
あるいは、
ただ変わらず関わり続けること。

できることは、
未来にあります。

大切な人を自死で亡くしたあなたへ

大切な人を自殺で亡くした場合、
自分を責める思いが湧くことは少なくありません。

「あの時気づけたのでは」
「もっと何かできたのでは」

そう考えるのは、自然なことです。

けれど、その人にも
その人なりの事情や限界があった可能性があります。

もしかすると、
大切なあなたにだからこそ、
気づかれたくないと思ったのかもしれません。

それをすぐに受け入れる必要はありません。

ただ、

「あの時の自分も、精一杯だった」

という事実だけは、
否定しなくていいのです。

大切な人を失う悲しみは、
大切であればあるほど大きくなるものです。

その中には、
「私のことはどうでもよかったのか」と感じる思いが
混ざることもあるかもしれません。

それもまた、とても自然な感情です。

その悲しみがあまりに大きいと、
まっすぐ向き合うことがつらくて、
気づかないうちに
自分を責める方へ向かってしまうこともあります。

大切な人の死を受け入れることは、
誰にとっても簡単なことではありません。

大切な人を失い、悲しんでいる自分を、
これ以上責めなくていいのです。
 

わかっていても苦しさが続くとき 

どのケースであっても、
「もっとできたのでは」と思う気持ちは、
それだけ大切に思っていた証でもあります。

けれど、その思いが
自分を責め続ける方向に向かうとき、
心は少し疲れてしまいます。


もし、頭ではわかっても苦しさが続くときには、
その背景を一緒に整理することもでいます。

そんな時間が必要だと感じたときに、
思い出してもらえたらと思います。

自分軸カウンセリングについてはこちら

  

 

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