「いい人をやめたいのにやめられない」
「自分を犠牲にしてしまう自分がしんどい」
そんな思いはありませんか。
頼まれると断れない。
本当は疲れているのに「大丈夫」と言ってしまう。
それは優しさがあるからこそ起きていることかもしれません。
けれど、その優しさがいつも「自分を後回し」にする形になっているとしたら——
それは、あなたを本当に幸せにしているでしょうか。
今日は、
自分を犠牲にする“いい人”が見落としやすい視点について、
体験も交えながら整理してみたいと思います。
自分を犠牲にする人が見落としやすい視点
それは、
「みんな自分で選んでいる」という視点です。
困っている人を見ると、
- 私が何とかしなければ
- 私が我慢すれば丸く収まる
- 私がやればうまくいく
そう感じてしまうことがあります。
けれど、その人にもその人なりの選択肢があります。
今の状況になる可能性も含めて、
選んで、そこに至っている場合もあります。
つまり、
私が自己犠牲しなくても、その人にはその人の人生の選択がある。
そしてこれは、相手だけでなく自分にも言えることです。
私たちは、誰もが、
「自分で選んでいる」。
この視点を持てると、
少し肩の力が抜ける人も多いように思います。
なぜ「いい人」はつらくなるのか
自分を犠牲にしてしまう背景には、
他人に
- 悪く思われたくない
- 冷たい人だと思われたくない
- 非難されたくない
という気持ちが隠れていることが少なくありません。
これは純粋な思いやりというよりも、
「自分を守るための行動」に近い場合があります。
他人が自分をどう思うかを基準に動いてしまう状態を、
私は「他人軸」と呼んでいます。
(※他人軸とは何かを整理した記事はこちら)
他人軸の状態では、
頑張っているのに苦しくなります。
なぜなら、
自分の感覚よりも外側の評価を基準にしていると、
常に相手の気持ちや空気を察しながら動くことになるからです。
その基準は不確かで、
行動の結果も相手次第になります。
つまり、自分の幸せが
他人の反応に左右されてしまうのです。
私の体験:席を譲って気持ち悪くなった日
以前、体調があまり良くない日に特急電車に乗っていました。
目の前に高齢の女性が立っていて、
「座っているのは申し訳ない」と感じ、席を譲りました。
その結果、1時間以上立ちっぱなしになり、
気分が悪くなってしまいました。
後日その話をしたとき、こう言われました。
「その方にも、次の電車を待つとか、各駅に乗るとか、選択肢はあったんじゃない?」
その瞬間、ハッとしました。
私は「私が何とかしなければ」と思い込んでいましたが、
その方にも選択肢があった。
そして私にも、
「今日は体調が悪いから座る」という選択があった。
その視点が抜けていたのです。
そのような状況になったとき
今はどうしているかというと——
状況と自分の体調次第です。
譲るときもありますし、譲らないときもあります。
その都度、自分で選びます。
それだけですが、
ずいぶん楽になりました。
「可哀想」という同情の落とし穴
誰かを「可哀想」と思うときも、
同じ視点が抜けていることがあります。
同情は優しさのように見えますが、
- その人は自力で乗り越えられない
- 私が何とかしなければならない
と無意識に決めてしまうこともあります。
助け合いは大切です。
けれど、
自己犠牲してまで“しなければならない”ことは、本当にあるのか。
この問いは、一度持ってみてもいいかもしれません。
自分を犠牲にするのをやめるために、まずできること
いきなり大きく変える必要はありません。
まずは、
- 今、私は本当にしたくてしているのか
- それとも、悪く思われたくないからしているのか
と、心の動機を確かめること。
断ることも、助けることも、
どちらもあなたの選択です。
「自分で選んでいる」と自覚できることが、
大きな分かれ道になります。
もし今、しんどさが続いているなら
頭では分かっていても、
- 頼まれると断れない
- 罪悪感が強い
- いつも自分を後回しにしてしまう
そんな状態が続いているなら、
それは性格の問題ではなく、
これまでの思考のクセかもしれません。
自分軸カウンセリングでは、
どう断るかというテクニックよりも先に、
なぜ自己犠牲してしまうのかという前提を一緒に整理していきます。
今の反応をつくっている不安や、
これまでの経験も含めて、背景を一緒にたどっていきます。
もし必要だと感じたときは、
選択肢のひとつとしてご活用ください。
優しさを持ったまま、
自分も大切にする生き方はあります。
自分を後回しにしなくても大丈夫です。
その選び直しは、
今日からでも始められます。
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