「言わなくてもわかってほしい」
そう感じることは
誰にでもあると思います。
ただ昔の私は、
好きなら察してくれるはず
そう思っていました。
何かをしてくれること自体よりも、
言わなくても察してくれるかどうかが
とても大事だったのです。
好きならわかるはず。
わからないのは、愛が足りないから。
そんなふうに思っていました。
だから、察してもらえないと
イライラしたり、
「大事にされていないのでは」と
勝手に寂しくなったりしていました。
今思うと、
相手にとても難しいことを
求めていたのだと思います。
今日は、そんな経験もふまえて
「察してくれるのが愛」と思ってしまう心理
について整理してみたいと思います。
なぜ「言わなくても察してほしい」と思うのか
理由はとてもシンプルです。
言わなくても察するのが愛だと信じているから。
私も昔そう思っていました。
むしろ、
言ってやってもらうなんて
価値がない
とさえ感じていました。
言ってやってもらうのは
なんだか「強要」のようで
奥ゆかしくない気がしたからです。
言わなくても察して、
気持ちよく動いてくれる。
そんな形が
理想だと思っていました。
でも今思うと、それは
お願いする勇気を持たなくてすむ方法でもあった
ように思います。
察してもらえないと、なぜ苦しくなるのか
このやり方だと
こんなことが起きます。
それとなくヒントを出す
↓
相手は気づかない
↓
期待が裏切られる
↓
イライラする
そして心の中では
「こんなにヒントを出してるのに、
なんで、わからないの?」
という気持ちが生まれます。
相手からすると
正解を知らないまま
気持ち当てクイズをさせられているような状態です。
しかも、やっと正解にたどり着いた頃には
もうヘトヘト。
「こうすればいいんでしょ?」
という感じになってしまうこともあります。
すると今度は
そんなイヤイヤやるくらいなら
やらなくていい
と、また別の不満が出てきたりします。
今振り返ると、
かなり難しい関係の作り方をしていたと思います。
そしてその結果、
「わかってくれない人」
「愛が足りない人」
と相手を評価してしまうこともあります。
「察してほしい」の奥にある気持ち
察してほしい人の多くは、
こんな感覚をどこかに持っています。
・自分の希望を聞いてもらうと、面倒がられて嫌われる
・無理強いすると嫌われる
つまり
お願いすること自体に
どこか遠慮や不安があるのです。
だからこそ
言わないでも察して
快くしてほしい
そう思ってしまいます。
これはわがままというより
嫌われないための遠回り
なのかもしれません。
苛立つときと、引っ込めるとき
察してもらえないときの反応は、
いつも同じとは限りません。
希望が強いときには
苛立ちとして出ることもあります。
でも、そこまで強くないときには
「まあいいか」
と、そのまま引っ込めてしまうこともあります。
恋愛では苛立ちとして出やすいですが、
友人関係や職場では
そのまま希望を引っ込めてしまうことも
多いのではないでしょうか。
ただ、どちらにしても
自分の希望を言葉で伝えてはいない
という点は同じだったのだと思います。
そしてその奥には
「自分の希望を出しても
受け止めてもらえないかもしれない」
そんな怖さが
どこかにあったのかもしれません。
日本の「察する文化」は素敵なもの
ここで一つ大事なことがあります。
日本には
「察する文化」があります。
これは
とても素敵な文化だと思います。
ただ、
察するのが愛
察せないのは愛がない
という形になると
関係は苦しくなります。
察するというのは
相手に証明させるものではなく
自分側の気遣いとして発揮するもの
だからです。
最後に
赤ちゃんの頃は
泣けば大人が一生懸命
「何をしてほしいのか」を
察してくれました。
だからこそ
身近な人ほど
察してほしい気持ちが
強くなるのかもしれません。
そして、もし
それが十分に得られなかった
と感じている人ほど
その欠乏感から
強くそれを望んでしまうことも
あるでしょう。
そのため
「子どもっぽい」と
誤解されてしまうことも
あるかもしれません。
でも
・自分の希望をはっきり言ってはいけない
・拒絶されるかもしれない
そんな環境の中で
身についた「察してほしい」は
単純に
子どもっぽいという言葉で
片づけられるものではないと
私は思います。
大人になると
気持ちを察してもらうことだけでなく
言葉で伝えることも
関係の中で大切になっていきます。
そして
「察してほしい」と感じるときには
お願いすることに
どこか不安がある
そんな自分の前提に
気づくこともあります。
もし
「察してほしい」
そう感じる場面が多いなら
その奥にある
自分の気持ちを
少しだけ見てみても
いいかもしれません。
もし
一人で整理するには荷が重いと感じたときは
一緒に見ていくこともできます。



