あなたには価値がある?ない?〜自分の価値とは?〜

自分の価値 「しんどい」毎日からの脱出

しんどい毎日を送っている人の
自己イメージ(自分のことを自分でどう思っているか)に

自分には価値がない

無価値感


があります

が、それに気づいていない人の方が
多いんじゃないかしら

ここにたどり着いたあなたは
すでにそこをクリアしてますね^ ^


自己肯定感が低い

なんて言葉で理解している人も

そのもとは、
この自己イメージがあるからと
思っていいです

今日は、

これまでも書いてはきましたが
まだ伝えきれなかった

「自分の価値」につい
掘り下げてお伝えしますね^ ^

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しんどい人が考える自分の価値って何?

では、しんどい人が考える自分の価値って
なんでしょう?

それは、ズバリ

愛される価値

です

小さい頃、

普通にしていたら
愛されなかった

普通にしていても
愛されている人もいたのに・・・

それは、
自分には普通にしていたら
愛される価値がないからだ

という考えに至った

(兄弟が愛されていた場合には
愛される条件のように思った人もいるでしょう)

だから
そんな自分が
愛されるためには

何かしなくては
いけない


そんな風に思ってしまった

何かしなくては

の何かが

・役に立つ
・期待に応える
・言うことを聞く
・気分を害さないようにする

などです

それらを我慢してまでもする


さらにいえば

普通にしていたら
愛されない

とは、イコール

見捨てられる


だったりもします

普通にしている自分は
「いらない」って言われる
そんな感じ・・・

だから、

常に、見捨てられないか
怯えることになります

それがよく描かれているのがこれ↓

見捨てられないために
先ほどのことをすることで

必要とされること

を目指すことになります

必要とされていれば
見捨てられることはない


という思考回路です

 
あるいは

金銭面で苦しい家庭の場合
自分がいない方が家計には楽に
決まっているわけで

役に立つことで
「いていい」存在になっている

と思ってしまうこともあります

つまり

役に立つことが
見捨てられない

いていい

生きてていい価値


そんな思考回路になっているのです

だから、そこから派生して

普通にしている
ありのままの自分は

生きてていい価値はないと
思ってしまったり

役に立てない自分は
生きてる価値はない

と思ってしまう

結局のところ

自分が生きていていい価値
いていい価値

存在価値は
周りの人が決める

になっているところがポイントです

胎内記憶から考えると

胎内記憶とは、生まれてくる前の記憶で
小さい子供に聞くと、結構な割合で
覚えているそうです

それによれば、
生まれてくる目的はと聞くと

多くの子供が
「人の役に立つため」と言うそうです

お父さん、お母さんを助けるため
が多いらしい(特にお母さん)

いじらしいですね

あなたも、そうだったのかもしれませんね

けれど、
なかなかお母さんを
笑顔にできない

幸せにできなかった

むしろ、自分が苦労を増やしていると
感じることもあるでしょう

すると、
笑顔にするのが難しいお母さんを選んで
果敢にもトライした人ほど

役に立てなかったという
無力感を抱える
ことになります

その役割を全うしてから
自分の人生と考えているのかなとも
思いますしね

お母さんを幸せにしてから
自分の人生と思っていると

いつまでも自分の人生が
始まらない

ということも
起こってくるかもしれません

その考え方から抜け出すために

一言で言うなら

たまたま、そういう環境にいたから
そう思ってしまったけど

ずっと、そう勘違いしてきたから
気づかなかったかもしれないけど

あなたもそのままでいても
愛されますよ!


ということです^ ^

え、そうだったの?!
知らんかったー!
なーんだ、よかったー!

とすぐ受け取ったら
そこから人生は変わります^ ^

もちろん、
誰からも愛されるとか

自分が好きなあの人に必ず
自分が思ったように愛される

とかではないですよ!


愛されるとかいうと
日本語だと変な感じですが

自分が自分でいられる人と
出会えるし

基本、みんなそういう人だと
思って接してもいいくらい

そういう人だから
自分でいていいではなくて

いつでも誰としても
自分でいていい
のです!!

そうしていられるためには
もちろん、情緒的支援者
いた方が心強いと思いますけどね!


それが、親であったら
よかっただけで

その感覚を感じさせてくる人と
出会えばいいのです!



「そうは言っても・・・」

の声があると思いますので
今の思考回路を解きほぐす観点からも

説明をしますね^_−☆
 

まずは、
胎内記憶の考え方で言うなら。

私たちは、生まれてきた時点で
すでに、喜ばれたわけですから

十二分に、
すでに役に立ち終えています。


私、喜ばれなかったし・・・
と思う人でも

あなたが生まれることで
周りは、様々なことを感じたはずです

いろんな自分に出会ったはずです

それで十分だと思うのです

というか
十分なことにしませんか?^ ^

あなたが決めていいです!


もっと言うと、
お母さんは、実は幸せだった・・・

なぜなら

あなたからどう見えていたかとは別に
それがお母さんの幸せだったから
お母さんは、そうしていたのです

あなたが
お母さんは不幸だったと
決めつけないことも大切ですよ^ ^

多くのお母さんは
大変=不幸とは
位置付けていません


その大変さの中に
お母さんのやりがいや
それこそ、お母さんもハマっていた
存在意義があったのです

その大変さも厭わないくらい
あなたといることが大切だったのです


また、あなたがどんな環境にいたかは
わかりませんが、何れにしても、

あなたが今、
大人になっている
ということは

誰かしら手をかけてくれる
愛情を持って世話してくれていた人が
いた
ということです

物理的なお世話だけでなく
愛情を持って接していてくれたことが
こんな実験が教えてくれます↓

それを、愛されていたに
入れてもいいのではないでしょうか^ ^

 
ちなみに、
子供は、どんな環境でも
思った通りにしてくれないことで
不満を持って拗ねたりします

私がこれまで関わってきた
多くの”愛されてなかったと
思って拗ねていた人”も

実は愛されてたんだと
気づいていく姿を
たくさん見せてくれています

それは、

拗ねていたがゆえに
見ないことにしていた
愛情を思い出す

という表現がぴったりです

自分もそうなのかもなー
くらいに、今、思ってみませんか?^ ^

人の価値ってなんだろう?

では、あなたの価値ってなんでしょう?

もちろん、どこかの市場に出れば
その市場での価値は出てくるのかもしれません

例えば、転職市場とか
需要と供給がありますからね

そこでは、
その市場独自の基準があるでしょう

例えば、転職市場であれば
して欲しい仕事の内容があるわけですから
それにふさわしい経験値とか技術
あるいは、会社の社風にあっているかなどなど

婚活市場なども含め
そこでの価値基準での自分の価値は
ほんの一部であり、
一つの側面でしかありません

そういう狭い世界での価値基準と
今日お話ししている価値は違いますよ


ここでお伝えしているのは
人間としての価値です

人間としての価値は
本来なら、

あるない議論するまでもなく
「ある」し

生きるのにも
愛されるのにも価値や
資格のようなものはないし
関係ない

生きることそのものに
価値がある
❤︎

だから、
考えなくてもいい
ものだと思っています

けれど、
一度、あるない考えちゃうと
そう言われても

どう収めていいか
わからないかもしれません・・・

そんな方のために
私が思っている価値について
書きますね^_−☆

唯一無二のDNAを生きること

昔、遺伝子を題材にしたTV番組を観ました。
(番組名などは忘れましたが・・・)

大筋を言うと、こんな風に言っていました。

■□■□■□■□■□

太古の昔、命が芽生えた人間の祖先は、
単細胞だったそうです

単細胞の染色体は円だったので、
いくらでも細胞分裂ができて
その命は、永遠だった

けれど、あるときから
人間の祖先は、
2つの染色体を掛け合わせた
今のXX,XYにするこを選んだ

そうすることによって、
染色体の先に
何回細胞分裂したかをカウントする
テロメアという部分ができて、

その命は、永遠ではなくなったし
老いというものもできたそうなのです

なぜ、人間の祖先が、
限りある命と老いを受け入れてまでも
今の染色体になることを選んだのか・・・

それは、単細胞の同じ染色体では、
環境変化が起きた時に、
一斉に死んでしまうから。

強みも弱みも一緒であるこということが
種の全滅に繋がるということ。

だから、
何事もなければ永遠に続く、

でも、全滅の危うさもある
1つのDNAによる命よりも
種の保存を取った

どんな環境、状況になっても
誰かが生き残るように
そんな願いを込めて・・・

私たち、ひとりひとり、
どれ1つとして同じ染色体はない

それは
みんな強みや弱みが違って、
そこに可能性を託されたということです

■□■□■□■□■□

つまり、私たちひとりひとりは
可能性を託された存在
だということ

なんだか、
そこにすごく感動したのです❤︎

だからって
自分のDNAはハズレだったから
抹消しなくちゃとか
言わないでくださいよ!

まだ、十分試してないかもだし
これからですよ!!

しかも、可能性と言っても
何かを成し遂げるとか
そういうことを言っているわけでも
ないと思いますしね^ ^

だから、自分自身を精一杯生きること。
そのままの自分を生きること。

それが可能性であり
価値なのだ

と思ったのです。

だから、
私たちは、その存在自体が価値である。

そのままの自分を生きることが
価値を生み続けていること
なのだと思うです。

だから、
自分を出して、生きていこう♪
他の誰でもない、そのまんまの自分で生きていこう!
みんな違って、みんないい。

そう思うのです(^-^)

あなたの価値は、あなたが感じるもの

あなたの体は、あなたのものです

その体を授かって
生きている

その体で、たくさんのことが
体験できます

この体、ありがたや!!

だから、
誰よりも
自分の価値を感じるのは自分です!


体だけでなく、
その体を使って生きる人生もです

あなたの人生は、あなたのものです

誰かのためにあるのではありません

だから、好き勝手にしていいのだ
と言っているのではないことは
伝わりますよね ^ ^

あなたの人生は、あなたのもの

その与えられた体と時間を使って
どんな気持ちで、どんな風に生きるか

あなたに委ねられてます

今、あなたが
しんどい毎日を送っているなら

産んでくれと頼んじゃわけでもないのに
生かされている(やらされてる感)

と思っているかもしれません

それは、生きるってことが
“しんどい”のしか知らなかったら
そう思っても致し方ないだろうなーと
思います

けれど、
まだまだ、これから楽しい人生が
待っていますからね!!

生まれてからずっと
幸せな人生より

しんどい毎日を知っている人の
楽しい毎日は、本当に幸せですよ!!

「こんな日がくるなくて、思ってなかった」
(いい意味で❤︎)

というセリフをたくさん聞いてきました

そんなに遠くない未来
きっとあなたも言う日がやっていますよ、きっと^_−☆

だから

誰よりも、
その体があることを喜んで
楽しんでやるぞーーー!!

って思ってみてくださいね^_−☆

そう、それが
「自分を楽しむ♪」です❤︎


その自分を満喫するためのすべを
ここにいろいろ書いているつもりですっ!!^ ^

人の役に立たなくていいの?

はい、いいです!!笑

まずは、自分を考えてくださいね

けれど、
誰かの役に立つこと・・・

と言うか、誰かが喜ぶことは
嬉しいことです^ ^

だから、自分の喜びとして
無理なくできる範囲で
すればいいですよね

そして、
忘れないで欲しいのは

誰かにとっても
あなたの役に立つことは
嬉しいことだということです

だから、一人で頑張りすぎず
誰かに助けてもらいましょうね

それが、誰かの喜びになり
役に立つことでもあるのですから^ ^

喜びで繋がろう

そして、感謝も
人のためにしなくてはいけないことではなく

自分のためにすることです

だって、人が自分にしてくれたことを
見つけたってことですものね

嬉しい!

そして、その嬉しいを
感謝として伝えると

伝えられた人も嬉しい!

すると
嬉しいで繋がっていきます

自分の自己犠牲で
人が喜ぶ

よりも

自分が喜ぶこと

自分だけが喜ぶことよりも
お互いが喜べること

が幸せですよね❤︎

自分は喜ぶけど
人が喜ばない、迷惑がかかることは??

喜ばない、迷惑がかかると
勝手に決めて、諦めないことが
まず大事!

聞いてみましょう!!

そして、お互いにとって
いい着地点を探しましょう

思っている以上に
みんな優しい❤︎

私も含め、これをやってみた人が
多く持つ感想ですよ^ ^

人が人を必要とするということ

人が人を必要とする
その愛の結びつきに憧れますよね

だからこそ、手に入れたくて
役に立とうとしてしまう・・・

けれど、そういう愛の結びつきは、
残念ながら、「役に立ってるから」で
できるものではありません

じゃ、何で築き上げられるものなのでしょう?

それは、あなたという「個」を
認識することから始まります

たくさんの人の中で、ご縁があって
私たちは出逢います

最初は、外見の区別くらいしかない
たくさんいる中の一人です

その中から、特別になっていくのは
互いのパーソナルな部分を知っていくからです

何が好きで、何が嫌いで
何に喜びを感じ、どんな傷を持っているか

そして、いろんな楽しいこと
大変なことを一緒に体験して
心を通わせていく

互いの好きなもの、考え方に
影響を受けて
人間の幅が広がっていく


それらを通して、他の誰とも同じでない
たった一人の人になっいくいく❤︎


かけがえのない人に
なっていくのです


例えば、
クラス対抗の競技があって
大会で優勝したとする

あなたなら、どちらの人と
喜びを一番に分かち合いたいですか?

一人は、一緒にずっと練習してきた人
もう一人は、ずっと練習をサボっていて
大会の当日だけきた人

当然、前者だと思いません?

後者の当人が
「優勝した瞬間、みんな喜び合ってたのに
誰も私のところに一番に寄ってこなかった」

と言って

クラスに受け入れられてないと
悲しんでいたり、

なんで、私にはしてくれないの!!と
怒りを持っていたとしたら

あなたは、どう感じますか?

おいおい、
そりゃ、そーでしょー!!

と言いたくならない?

受け身だったこともありますよね

自分からはいかないで

人が自分にしてくれるかどうかで
自分がどう思われているかを


常に試すように見ている・・・



悲しんだり、怒こる前に

もっと自分から係わろうよ

そう思うんじゃないでしょうかね^ ^


いかに開いた心を通わせるかで
関係の深さは変わってきます


それをわかりやすく
伝えているのがこちらの映画です

よろしければ❤︎

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過去にウーマンエキサイトさんに寄稿した記事(ケーススタディ)

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