「察してくれる」のが「愛」だと思っているあなたへ

察するのが愛 「しんどい」毎日からの脱出

あなたは、何をしてもらうことで 愛情を感じますか。

私は昔、何をしてくれるかも大事だったけど
それを「察して」してくれるかどうかが重要だったように思います

もっと言えば、愛情を感じるというよりは
好きなら、わかるはず
くらいに思っていたし

ひいては、わからないなんて
愛が足りない!!

と思っていました(アイタタタタ)

だから、察してもらえないとイライラしたし
気持ちが通じあっていないような寂しさを感じたり
愛されてない感で勝手に不幸を味わっていました笑

そして、察してくれたとしても、
それが「愛」なわけで、「よし、あるね」という確認作業でしかない・・・

だって、愛があるなら当然・・・なのですから(ヒャー!!)

もし、あなたが、今、「察してくれるのが愛」と思っているとしたら
昔の私と同じように苦しい状況にいるのではないでしょうか

他にも

察してもらえないことで、「私のことなんてわかってもらえない」とか↓



相手に合わせて、勝手に振り回されて、疲れていたり・・・↓^^;


していませんか?

それもこれも、「察して欲しい」と思うことで
自分でややこしくしているのです

だから、「察して欲しい」をやめることで
楽になるし、幸せになります
ってお話を
今日はさせていただきたいと思います❤︎

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なぜ、言わずに察して欲しいのか?

これについては、もうタイトルにもしちゃってる
言わないでも察するのが「愛」だと信じているからです!!

その上、その頃は
言ってやってもらうなんて 価値がない
っくらいに思っていましたね

だって、言ってやってもらうってことは
言うことを聞いてもらうってことで

なんだか、強要みたいでいやだったんです

奥ゆかしいといえば奥ゆかしい・・・

ええ、ええ
あの頃は、それが奥ゆかしいと思っていたんです!!

自主的に快く自分の思いつきで
やって欲しかった
のですもの!!

だから、はっきりとは言わずに
仕向けようとして、それでも察して(思い通りに動いて)もらえないと
苛立っていました

こんなにヒント出してるのに
わからないの?!って不機嫌になっていった・・・

そして、相手を
愛のない人、 ひどい人扱い
してました

いや、ほんと、ごめんなさい!!

ごめんなさい

正解は言わないくせに
外れたとき、気づかないときには
不機嫌になって大騒ぎして

正解するまで
私の中の正解を探させる

そう、そっちの方が強要なのです

今ならわかります

めんどくさい奴だなーって^^;

自分の欲求を口にしない
奥ゆかしい女のはずが
そっちの方が傲慢・・・

察してほしい人は、

・自分の希望を聞いてもらうと
  相手に面倒がられて嫌われる
・無理強いすると嫌われる


が心の奥にあります
だから、いえなくなります

その辺については
こちらにも詳しく書いていますのでご参考に(^_−)−☆
 

そんなあなたが、言ってやってもらえるようになるには

あなたのそのやり方が
今、あなたの人間関係、パートナーシップに
悪影響を及ぼしていることにご納得いただけたでしょうか?

良い関係を作っていくには
「 してほしいことは言う 」のがいいわけです(b^-゜)


>>>その辺りがわかりやすく解説されている推薦図書(パートナーシップ)はこちら↓<<<


そしたらね、私もすごく楽になりました

いろんなことが早く進むようになりまし

そりゃそうですよね
変な気持ち当てクイズ(察し)する時間が
短縮されたんですもの!

そして、その方が
快くやってもらえるのです

だって、なんたって
それをしたら喜んでくれることがわかるのだから
喜んでしたくなる
のです

もともとは、いやいやでなく
「喜んでやって欲しい」があったわけです

言ってやってもらったほうが
それが叶うわけですから

自然と感謝も出てくるというものです

感謝

姪っ子が小さな頃
ぐずってるとママに、

お口で言えるようになったんだから
してほしいことはお口で教えてね

って言われてました

赤ちゃんのときは
どんな要求も泣けば、ぐずれば
大人が一生懸命どうしてほしいのか
察してくれました

ずっとそうしてきてもらってきたから
そうしてくれるものだと思って生きてきたのかも

だから、
身近な人ほどにその察してほしい気持ちが
強くなる

だって、お母さんは、
家族はしてくれたんだもの
今からでも遅くはありません

お口で伝えましょう♪

自分がしてほしいことを言えば
みんな、できる限り叶えてあげたいと思ってる

これを信じて自分の中に
取り入れるといいですね(^_-)-☆

それを難しくしていたのは
言わずにいたあなたなだけだったのですから

もちろん、無理してしてくれるときも
あるかもしれません

でも、それは、相手の中のこと

自分のために
無理しようとしてくれるなんて
ありがとう♪

それもひとつの
相手からの愛の形として、受け取れると、

また新しい愛情のサイクルが
できてきます(^_-)-☆
 

逆もしかり、相手を察しようとする問題点

ここまで、相手に「察して欲しい」と思う問題点について
お話してきました

ここでは、逆に、あなたが相手を「察して動く」ことでの問題点を
お話しますね

往々にして、「察して欲しい」と思う人は、「察しよう」とするものです^ ^

そして、察したつもりで動いてしまう・・・

そう、「言わずに察して欲しい」し、
「聞かずに、察して動こう」としてしまうのです

その結果、どうなるかというと・・・

相手が望んでいないことを一生懸命してしまい(尽くしても)
喜んでもらえず、「何でこんなに一生懸命やったのに、喜んでくれないの?!」と

今度は、喜びの強要をしてしまうのです、ヒャー^^;

まあ、やった気持ちだけでも、もらってもらいたいところですがね^ ^

不満げに不機嫌に言われると、売り言葉に買い言葉ではないですが
「別に頼んだわけじゃない」ってことになりますしね

と言うわけで

「察して、確認せずに動く」と、空回りになって疲弊する割に、
感謝もされずにイライラすることになります!!

疲弊

ぜひ、確認しながら動きましょうね(^_−)−☆

日本の「察する」という素敵な文化

最後に、日本には「察する文化」があって、
とても素敵な事だと思います

でも、それは、「察しないと許さない文化」ではないはずです

察するのが愛で、愛を証明させるための察しの強要は
まさに「察しないと許さない」という事だと思うのです

あくまで、察するのは自分側であって

しかも、それは、押し付けるものでもなく
さりげなく、発揮されるもの

私の友人が

「気遣いとは、相手に気付かれたらあなたの負けよ。
 気遣った事を気付かれないのが、本当の気遣いなの」

とおばあちゃんに教わったと言っていました

素敵だなあと思います❤︎

さりげない優しさ

察して動くというのも、そういうものだと思うのです

察して動いたけど、必要なさそうなら
いつでも引っ込められる

その労力も厭わずに・・・

そんな風に発揮することを目指したいものですね(^_−)−☆

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